えたいのしれないなにか

ちらしのうらとかそういったたぐいのものかもしれないね(てつがく)

オタクは喧嘩が大好き

レポートが白紙のまま全然進まないので、筆慣らしをするべくブログを書こうと思い立ちました。なんで?

 

さて、今日のお題は「オタクと喧嘩」の親和性についてです。

わたしは生まれつきのでんぐるま・ひろし(鉄道オタク)なのですが、2012年ごろからインターネットを通じてサブカルチャー全般にハマりはじめ、現在は「前ほど鉄道に真剣じゃないしアニメも造詣深くないし自分のアイデンティティがよくわかんないけどなんとなくオタクっぽい人間」として生活を送っております。そんなわたしが10年弱のインターネット生活で得た一番の学びが「オタクは喧嘩するのが大好きである」ということです。

オタクという生物はすべからく自分の推しているジャンルについて何かしらのスタンスを持っています。鉄道を例に挙げるとしたら、「赤字のローカル線を廃止することに賛成するか否か」という議題に対して、鉄道を愛しているから反対、鉄道会社の経営状況を考えて廃止もやむなし、あるいは時と場合による、といった意見を持っているものです。もっとくだらない議題には「旅行には青春18きっぷを使うべきか」とか「気動車を電車と呼称することを許せるか」とか、言い出したらきりがないですがそれぞれになにがしかの言い分を持っています。問題は相反するスタンスにある人たちがぶつかったときに、討論ではなく喧嘩を始めてしまうところにあります。

討論と喧嘩は似て非なるものです。そもそも討論とは勝ち負けの問題ではありません。「私の意見が絶対的に正しいのであなたの意見は完全に否定される」という前提で話を始めればそりゃあ喧嘩にも発展するというものです。わかりきっているのにどうしてインターネット喧嘩がなくならないのか。それはオタクが本質的に喧嘩を好むからではないかと考えられます。

 

一部の例外を除いて、オタクという人種は比較的内向的であり、現実世界では積極的にコミュニケーションをとるタイプではありません。友達もそう多くはない人が多数派でしょう。すると、人間関係を構築するにあたってまま発生する喧嘩が現実世界では発生しにくい傾向にあると考えられます。性格の悪い見方をすれば、オタクの現実世界におけるコミュニティで喧嘩が発生すると、シームレスにいじめに発展するか、対立が表面化する前に静かに絶交に至るケースが多く、小競り合いの様相を呈する喧嘩は発生しないと思われる、ということです。

インターネットでは匿名のコミュニティが多く、仮面をかぶったオタクは現実世界に比べていくぶん饒舌になります。現実で得ることのできなかった共感性の高い同志を得て、次にオタクが欲することは何か。ここで、先ほどあげた喧嘩が出てきます。

 

現実世界では同志はいないし、腕っぷしでも劣るので喧嘩に勝てない。でも、味方も多く引き込めるインターネットの口喧嘩だったらどうでしょう?

 

だからこそ、インターネットではオタクくんが四六時中だれかと喧嘩を繰り広げているのではないでしょうか。

オタクは喧嘩が大好き。それは、オタクという人種が現実世界では経験できない「勝てるかもしれないバトル」に憧れ、分泌されるアドレナリンの快感に酔いしれたいから。

 

以上、きめつけのやいばでした。(竜頭蛇尾)